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見えないものを見つけるということ 「アリの背中に乗った甲虫を探して‐未知の生物に憑かれた科学者たち」ロブ・ダン著・田中敦子訳

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「目に見えないものは存在しないのと同じ」という人がいる。目に見えないというのはすなわち認識できないということで、その原因は認識するだけの知識がなかったり、先入観にとらわれて見えるものも見えなかったりと様々だ。かつてテスト勉強の気力がなくなりほぼノー勉で臨んだ時も、試験問題が難解な暗号に見えたものだが、それもこの現象に近いのかもしれない。

 

さて、そんな目に見えないものに対して、「俺には見える」と主張する人がいたとする。たとえその人が正しかったとしても、周囲が理解してくれないことはよくある。奇特な目で見られたり、誹謗中傷を受けたり、トンデモ扱いされ笑われたり…。しかしその人の中では確固たる理論が成り立っているのだ。軽々しく捨てるわけにはいかない。協力者を集め、検証を続け、誰もが納得のいく理論へと昇華されたとき、今まで誰も見たことがなかった世界への扉が開く。今回はそんな話である。

身近な目に見えないもの

現在地球上には約870万種の生物がいると推定されていて(細菌などの微生物を除く)、そのうち発見されているのは約175万種だという。分厚い百科事典などは地球上の全生物が記載されているように思えるが、実際はそんなことはない。

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↑僕のバイブル、「地球博物学大図鑑」。真正細菌から哺乳動物に至るまで全てカラー写真で収録されているデラックスな百科事典であるが、それでも収録種数は5154種。

世界の生物を全種知っている!という人はまずいないだろう。それどころか自分のテーブルの周りを飛んでいるハエの種類を当てることでさえも、専門家やマニアでない限り至難の業である。本書でも語られている通り、自分の家の庭にどんな生き物が暮らしているのかも完全には知らないという人が多い。タイトルの「アリの背中に乗った甲虫」とは、グンタイアリに寄生するごく小さな甲虫たちの事である。ここまで小さくなると名前を知るどころか存在すら見逃されかねない。確かに存在するけれど知らないもの―それすなわち「目に見えないもの」である。これは生物学に限らず、どの学問にも存在するものだと思う。

未知への旅

本書に登場する研究者は、いずれもまだ目に見えない世界を求めて旅に出る。その世界は「常識の外の世界」と「既知世界の外の世界」の2種類があると僕は感じた。前者は誰もがあるはずがないと考えていた世界、後者は存在はわかっていたが十分な知識が共有されていなかった世界である。昆虫やタニシの微細構造(当時昆虫の体内には汚泥が詰まっていると考えられていた)を観察したスワンメルダム、高性能の顕微鏡で原生生物や細菌を雨水の中に見たレーウェンフックは前者に当たるだろう。後者には分類学の父リンネや全生物の目録を作ろうとしたジャンセンが名を連ねる。他にも細胞内共生説を提唱したマーギュリス古細菌を発見したウーズ、そして深海の熱水噴出孔や地球外の生物を探る研究者たち…。ユーモアたっぷりに語られる彼らの生きざまは、自分もどこかに旅立ちたい、そしてまだ見ぬものを発見したいという気持ちを芽生えさせてくれる。

俺には見える

「目に見えないものは存在しないのと同じ」と最初に書いた。先の科学者たちはこの目に見えないものが見えたわけだが、常識にとらわれない柔軟な考え方や、自分の理論を信じぬく勇気、そして十分な基礎知識を持っていたからだろう。持っている知識を足掛かりにして、たとえにわかには信じがたいことでも、一般常識と言えるような理論に押し上げることができた。そう考えると、目に見えないものと出会わせてくれるものは、結局は自分の周囲にある「目に見えるもの」なのかもしれない。「自分も知識をつければ、『俺には見える』と自信を持って言えるものに出会えるのだろうか…?」それより先に、学習を続けられるような根性を手に入れたいなァ…と思う夏の夜なのであった。