色々する

ほんとにいろいろ

食って食われて進化する 「進化くん」 著:マラ・グランバム 訳:早川いくを

進化くん | マラ・グランバム, 早川いくを |本 | 通販 | Amazon

いやー、やっと読めました。早川いくを氏初の翻訳監訳本は以前出されてますが)、加えて一部のページはほぼ早川氏の書下ろしということで期待度MAXで購入させていただきました。そして期待通り、原作の雰囲気を失わないまま、早川氏の軽妙な文章が堪能できるというすばらしい出来になっておりました。(生物の学名や分類、専門的な解説が少なかったのが物足りなかったですが…)今回の記事では書籍の内容にとどまらず、訳者の早川氏についても詳細な記述を心掛けたいと思います。興味ないという方は3章目だけ飛ばしてお読みくださっても結構です。

酒乱の創造主

主要登場人物は二人。人智を超えた発想力恐ろしいまでの酒癖の悪さを併せ持つ進化の担い手「進化くん」と、基本的に冷静な現実主義者ですが進化くんのはたらきを暖かく見守る男「生物多様性くん」です。進化くんは、生態系の根幹を司る「炭素循環」の命により生物の姿かたちを様々に変えていくのですが、考え出すのは奇想天外な習性や奇妙な姿かたちばかり。時折パーティーでへべれけに酔っぱらい、そのたびに生物多様性くんの介抱を受けます。そして泥酔状態でも生物製作を続けるために、ますますへんてこな生物があふれかえることに…。このように業務態度はお世辞にも真面目とは言えませんが、いつでもマイペースに仕事をこなす進化くんと、突っ込みつつもそれを見守る生物多様性くん。今から38億年前、海と大気が生まれて地球に生物が暮らせるようになってからずっとこのやりとりを続けてきたと考えると、非常に微笑ましく思えてきます。男同士、生態系、38億年、何も起きないはずがなく…という感じで二人の関係は続いていきます。

なぜ進化は起きるのか

自然の法則には目的も意図も存在しませんし、もちろん進化もその例外ではありません。生物は遺伝子の多型によって一個体一個体ほんの少し異なる姿をしていますが、そのほんの少しの違いが偶然餌を取るときや外敵から身を守るとき、環境が大幅に変化したとき、はたまた繁殖をするときに有利に働くことがあります。するとその有利な形質を持った個体が子孫を残しやすくなり、形質が研ぎ澄まされていき、結果的にあたかも目的に適った姿をした生物が生まれるというわけです。目的があって進化をしたわけではないのですから、必ず不都合も生じます。例えば人間は元来安定的な栄養供給が難しい生活を送っていたため、長距離の移動に耐えられる体エネルギーを脂肪としてため込みやすい性質を手に入れました。しかしその先に待っていたのは定住化過度の栄養摂取でした。そうなると血糖値が下がりにくく脂肪のたまりやすい体は生活習慣病を発生させる母地になってしまいます。万能かと思えた進化の産物は時代が流れるにつれてその欠陥が露呈し、そのまま適応ができないと絶滅します。絶滅するまでに生物は、他者を押しのけ、自身が繁栄し、最終的には子孫を残す、というサイクルを繰り返し結果的に(人間の目には)奇妙に見える姿かたちへと変貌していきます。昔の人はこのプロセスをすっとばして、歴史上のある一点からいきなり地球上のすべての生物が現れたと説きました。現在では見られなくなった生物の化石が発見されると、今度は神の怒りで大洪水が起こったとか、大いなる存在が超常的な力で洗練されたシステムを作ったのだと言い始めました。では本作の進化くんもそのような神に近い存在なのでしょうか?そういうわけでもないようです。自身の創作意欲をぶつけるも、その結果完成したものは目の飛び出た魚たちや髭の生えたイノシシ、水に入れると溺れてしまうカエルなどの人間の常識で考えるとおかしな生物ばかり。帯にある通り進化くんは神様というよりむしろ、「常にうまくはいかない」進化そのものを擬人化した存在、いわば進化のフレンズであると言えます。

訳者・早川いくをとは

私が早川氏の本に初めて触れたのは小学三年生の時だったように思います。きっかけは毎日新聞に載っていた広告でした。そこに載っていたどう見てもゲームの敵キャラな見た目の「オオグチボヤ」のイラストに少年は度肝を抜かれました。その後早川氏の著書、早川氏の書かれたコラム、早川氏の出演される番組なども逐一チェックし、その小気味のいい文章や語り口には大いに腹筋を鍛えられました。それだけではなく、アニメや特撮、オカルトから民族学に至るまでの豊富な知識にも、多くの影響を受けて今日まで育ってまいりました。

今回取り上げた「進化くん」では訳書でありながら早川氏のテイストが多分に感じられる仕上がりになっています。生物同士が食って食われての残酷な運命を繰り返しながら生命をつないでいる描写には、過去作の「へんないきもの三千里」や「へんないきもの 変な生きざま」が思い出されました。取り上げられている生物にも今までの「へんないきもの」シリーズに登場したものが多数含まれているところを見ると、著者のマラ・グランバム氏と早川氏は「出会うべくして出会った」のではないかと勝手に想像してしまいます。

進化くんよどこへ行く

捕食者と被捕食者、過酷な環境などのニーズにこたえて数々の独創的な生物を考案してきた進化くん。大型動物の中でもっとも分布域が広く、周囲の自然にさえ多大な影響を及ぼし続けている人間でさえ彼の最高傑作ではありません。彼の目指すものは炭素循環の無茶な注文によって変わるでしょうし、これこそが最強の生きものだ!と自信をもって発表された生物も必ずどこかに欠陥があって、自然淘汰のあおりを受けて消滅していくでしょう。進化くんがニーズに合わせて奇想天外な生きものを作り、生物多様性くんがそれにツッコミを入れる無限ループは、むこう数十億年の間続いていくでしょう。未来の世界で、進化くんはどんなアイデアを出してくれるのでしょうか。個人的にはもう一度アルゼンチノサウルスやパラケラテリウム並みの大型陸上動物を誕生させてほしいところですが…高望みしすぎでしょうか?